2026年6月16日、日銀は政策金利を0.75%から1.00%に引き上げました。1995年以来、実に31年ぶりの水準です。
このニュースを見て、「政策金利が上がる=円の魅力が増す=円高になる」と直感的に考えた方は多いのではないでしょうか。私自身も最初はそう思っていました。
ところが、実際の値動きを確認すると様子が違います。利上げの決定が伝わった後も、ドル円相場はむしろ円安方向に動き、決定から数営業日が経過した時点で160円台半ばまで上昇しています。
「利上げしたのに円安」——この一見矛盾した現象は、本当に矛盾しているのでしょうか。それとも、私たちが学校で習うような単純な図式では説明できない何かが起きているのでしょうか。
このシリーズでは「①基礎解説」「②住宅ローンへの影響」と日銀の利上げを多角的に検証してきましたが、第3弾となる今回は為替、特に日々ドルコスト平均法で米国株に積み立てている読者にとって実務的に気になる「利上げのニュースに反応して積立を変えるべきか」というテーマを、一次資料とPythonによるデータ検証で掘り下げます。

金利平価説の基礎:理論上は「利上げ=自国通貨高」のはず
まず、なぜ「利上げ=円高」という直感が生まれるのかを整理しておきます。
経済学には「金利平価説」と呼ばれる考え方があります。簡単に言うと、ある国の金利が相対的に上がると、その国の通貨建て資産で運用した方が有利になるため、資金がその国に流入し、通貨が買われやすくなる(=通貨高になりやすい)、という発想です。日銀が利上げをすれば、円で運用する魅力が(理論上は)増すため、円が買われやすくなる、というロジックです。
ただし、この理論にはいくつかの前提があります。
- 為替は「金利差の絶対水準」ではなく「金利差の変化」、それも「市場がすでに織り込んでいた予想との差」に反応しやすい
- 中央銀行の動きだけでなく、他国(特に米国)の金融政策・物価動向・地政学リスクなど、他の要因も同時に為替を動かす
- 「利上げした」という事実そのものより、利上げ後の総裁会見などで示される「今後の利上げペースへの姿勢」が、相場にとってより重要な材料になることがある
つまり理論上の方向性はあっても、実際にその通りに動くとは限らない、ということです。ここから先は、この前提を実際のデータで確認していきます。
データ検証①:5局面のドル円反応を比較する
植田和男総裁体制になってから、日銀はこれまでに5回、政策金利を引き上げています。それぞれの決定日と、決定前日を100とした場合のドル円の反応を一覧にしました。
| 局面 | 決定日 | 政策金利の変化 | タイプ | 5営業日後 | 10営業日後 | 20営業日後 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| ①マイナス金利解除 | 2024年3月19日 | ▲0.1%→0〜0.1%程度 | 17年ぶりの転換点 | +1.62% | +1.76% | +3.53% |
| ②利上げ | 2024年7月31日 | 0.1%→0.25%程度 | サプライズ型 | -5.92% | -4.46% | -6.41% |
| ③利上げ | 2025年1月24日 | 0.25%→0.5%程度 | 想定内 | -1.50% | -3.35% | -4.50% |
| ④利上げ | 2025年12月19日 | 0.5%→0.75%程度 | 想定内 | +0.62% | +0.73% | +1.72% |
| ⑤利上げ(今回) | 2026年6月16日 | 0.75%→1.00%程度 | 織り込み済み | データ蓄積中 | データ蓄積中 | データ蓄積中 |
※数値はプラスがドル高・円安方向、マイナスがドル安・円高方向を表します。⑤は本記事執筆時点(2026年6月20日)でまだ4営業日しか経過しておらず、20営業日後の比較ができないため「データ蓄積中」としています。参考までに、4営業日後時点では+0.83%(円安方向)と出ています。
下のグラフは、上段がドル円相場の全体推移と5回の利上げのタイミング、下段が各局面を「決定前日=100」として重ね合わせ、前後の値動きを比較したものです。

この結果から、いくつか興味深いことが見えてきます。
まず、5局面のうち3局面(①④⑤)では、利上げ後にむしろ円安方向に動いています。 理論通りに円高が進んだのは②③の2局面だけです。
そして、円高が進んだ②と③には共通点があります。②は「サプライズ型」、つまり市場の事前予想を上回るペースでの利上げでした。③は想定内の利上げでしたが、当時はトランプ関税による不透明感が和らいだタイミングと重なり、円買いが入りやすい地合いだったと考えられます。
一方、①④⑤で円安が進んだ局面に共通するのは「利上げ自体はほぼ織り込み済みだった」という点です。特に今回(⑤)は、決定前の東京市場ですでに円買いが先行し、決定が伝わった後はむしろ「材料出尽くし」で円が売られる展開になっています。
つまり、「利上げそのものの有無」よりも、「市場の事前予想に対してどれだけサプライズがあったか」の方が、短期的な為替の反応を左右しているように見えます。これは金利平価説そのものを否定するものではなく、「織り込み済みの情報は、それが現実になっても新しい買い材料にはなりにくい」という、効率的市場の考え方とも整合的です。

データ検証②:積立投資家への影響をシミュレーションする
理屈はわかった。では、米国株(S&P500)に毎月積立をしている読者にとって、これは実務上どういう意味を持つのでしょうか。
「利上げのニュースが出るたびに、その月の積立を見送って様子を見る」という行動を取った場合と、「ニュースに関係なく淡々と積み立て続ける」という行動を取った場合とで、最終的な結果にどれくらい差が出るのかをシミュレーションしてみました。
シミュレーションの条件
- 対象:S&P500(ドル建て指数 × ドル円で円換算)
- 積立額:毎月3万円
- 期間:2024年3月〜2026年6月(28ヶ月、総投資元本84万円で両戦略統一)
- 継続戦略:利上げの有無に関係なく、毎月決まった日に淡々と積立
- 回避戦略:利上げが決定された月は積立を見送り、その分を翌月にまとめて購入(5局面すべてに適用)

2026年6月20日時点の結果は以下の通りです。
| 継続戦略 | 回避戦略 | |
|---|---|---|
| 総投資元本 | 84万円 | 84万円(見送り分は未投資の現金として保有) |
| 評価額 | 1,109,456円 | 1,110,760円 |
| 損益 | +269,456円 | +270,760円 |
差額はわずか1,304円、率にして0.118%です。これはどちらの戦略が「優れている」と言えるレベルの差ではなく、誤差の範囲と捉えるのが妥当でしょう。
グラフの下段(平均取得単価の推移)を見ても、継続戦略と回避戦略の線はほぼ重なって推移しており、利上げ月を避けて翌月にまとめ買いをしたからといって、明確に有利になったタイミングは見当たりません。
これは直感的には少し意外な結果かもしれません。「利上げ=相場が荒れるタイミング」というイメージから、そこを避ければ有利になりそうな気がしてしまいますが、今回検証した2年3ヶ月・5局面の範囲では、その効果ははっきりと確認できませんでした。
理由として考えられるのは、長期の積立投資においては「個々の月の購入価格」が最終的な資産額に与える影響が、思っているよりも小さいということです。28ヶ月のうち、利上げ局面に該当するのはたった5ヶ月。残り23ヶ月の値動きの方が、トータルのリターンに与える影響としては大きいのです。
まとめ:読者の状況別にどう考えるか
ここまでの検証を踏まえて、状況別に整理します。
すでに米国株・全世界株を積立中の方
「日銀が利上げした」「ドル円が大きく動いた」というニュースを見ても、それだけを理由に積立のルールを変える必要性は、今回の検証結果からは見出しにくいといえます。利上げ自体が円高材料になるとは限らず、むしろ織り込み済みの利上げは円安方向に作用することもある、という点は覚えておいて損はありません。
これから積立を始めようとしている方
「為替が落ち着いたタイミングで始めよう」と考えるよりも、開始時期を決めて淡々と始めてしまう方が、今回のようなシミュレーション結果を踏まえると合理的に思えます。為替ヘッジの要否について整理した記事も参考にしてください。

為替の変動そのものが心理的に気になる方
積立の継続・中断の判断とは別に、生活防衛資金として円の現金をどう持つかという論点もあります。こちらは以前、160円局面における円保有の考え方として整理しています。

なお、今回⑤としたばかりの2026年6月の利上げ局面については、まだ20営業日分のデータが蓄積されていません。データが揃った段階で、改めて検証結果を追記する形でアップデートする予定です。
免責事項
本記事は特定の金融商品の購入を推奨するものではありません。記載しているシミュレーションは過去のデータに基づく試算であり、将来の運用成果を保証するものではありません。投資判断はご自身の責任において行ってください。
データ出典:ドル円(USDJPY)・S&P500(^GSPC)の日次データはYahoo Finance(yfinance経由、取得日2026年6月20日)。日銀の政策金利決定の経緯は日本銀行の公表資料、および各決定日前後の報道(日本経済新聞、Bloomberg等)に基づき整理しました。


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