はじめに:「表示の数字」だけで判断していませんか?
新NISAでS&P500インデックスファンドへの積立を始めた方、あるいはこれから始めようとしている方にとって、ファンド選びの最大の関心事のひとつが「コスト」でしょう。
SNSや投資ブログでよく見かける比較はこうです。
- eMAXIS Slim 米国株式(S&P500):信託報酬 0.0814%(〜1兆円部分)
- 楽天・プラス・S&P500:信託報酬 0.077%(固定)
「楽天の方が安いじゃないか」と感じた方、少し待ってください。この数字の読み方には、いくつかの重要な前提が抜け落ちています。
今回は両ファンドの最新目論見書と運用報告書を実際に読み込み、エンジニアとして数字を検証しました。結論は、単純ではありません。現時点では楽天がわずかに有利、ただしSlimには今後さらに下がる構造的な余地がある——というのが正直な答えです。
この記事で使用したデータについて
数字の信頼性を担保するため、以下の一次資料を直接参照しています。
- eMAXIS Slim 交付目論見書(使用開始日:2026年1月24日)/運用報告書 第7期(2024年4月26日〜2025年4月25日)
- 楽天・プラス・S&P500 交付目論見書(使用開始日:2026年4月16日)/運用報告書 第2期(2024年7月17日〜2025年7月15日)
コスト比較の前に:「信託報酬」と「実質コスト」は別物
よく混同されますが、ファンドにかかるコストは信託報酬だけではありません。運用報告書の「1万口当たりの費用明細」を見ると、実際にはこれだけの費用が発生しています。
信託報酬(運用管理費用):目論見書に記載。ファンドを保有している間、毎日差し引かれる基本的なコスト。
その他費用(隠れコスト):売買委託手数料、海外保管費用、監査費用など。運用状況によって変動し、運用報告書でしか確認できない。
実質コスト = 信託報酬 + その他費用
この実質コストを、最新の一次資料から算出したのが以下の比較です。
【Step 1】信託報酬を正確に把握する
eMAXIS Slim:段階的に下がる「受益者還元型」
eMAXIS Slimの最大の特徴は、純資産総額が増えるほど信託報酬が段階的に下がる「受益者還元型」の仕組みです。目論見書(2026年1月24日版)に記載された最新の料率はこちら。
| 純資産総額 | 信託報酬率(税込・年率) |
|---|---|
| 1兆円未満の部分 | 0.08140% |
| 1兆円以上 3兆円未満の部分 | 0.07700% |
| 3兆円以上 5兆円未満の部分 | 0.07590% |
| 5兆円以上 10兆円未満の部分 | 0.07579% |
| 10兆円以上の部分 | 0.07568% |
重要なのは、この率が「その部分にだけ適用される」という点です。つまり、1兆円を超えた資産のほぼすべてに、0.07579%〜0.07568%という低率が適用されます。
2025年10月末時点の純資産総額:約9兆2,551億円
目論見書には参考として以下の実質信託報酬率の例が記載されています。
| 純資産総額 | 実質信託報酬率(税込・年率) |
|---|---|
| 8兆8,000億円 | 0.07673% |
| 9兆3,000億円(現状に近い水準) | 0.07668% |
| 9兆8,000億円 | 0.07664% |
現在の規模(約9.3兆円)では、実質的な信託報酬率は約0.077%。表示上の「0.0814%」はあくまで1兆円未満部分の率であり、実態とはかけ離れています。
楽天・プラス・S&P500:シンプルな固定料率
楽天は構造がシンプルです。目論見書(2026年4月16日版)より。
信託報酬の総額は、計算期間を通じて毎日、投資信託財産の純資産総額に**年0.077%(税抜0.07%)**の率を乗じて得た額とします。
純資産総額に関係なく固定。現在の純資産は約8,748億円(2026年1月末)であり、今後規模が拡大しても料率は変わりません。
信託報酬での比較:現状ほぼ同水準(Slimが0.07668%、楽天が0.077%)
【Step 2】隠れコストを運用報告書で確認する
信託報酬だけではコスト比較は終わりません。各ファンドの運用報告書から「1万口当たりの費用明細」を確認しました。
eMAXIS Slim 第7期(2024年4月26日〜2025年4月25日)
| 費用項目 | 金額(円) | 比率 |
|---|---|---|
| 信託報酬 | 28円 | 0.089% |
| 売買委託手数料 | 0円 | 0.001% |
| その他費用(保管費用等) | 2円 | 0.007% |
| 合計(実質コスト) | 30円 | 0.097% |
※ 総経費率(目論見書参考情報):0.09591%(運用管理費用0.08874% + その他費用0.00717%)
なお、この期(第7期)は期中に信託報酬率の引き下げが行われており、単純に年換算した数値とはズレが生じています。
楽天・プラス・S&P500 第2期(2024年7月17日〜2025年7月15日)
| 費用項目 | 金額(円) | 比率 |
|---|---|---|
| 信託報酬 | 11円 | 0.077% |
| 売買委託手数料 | 0円 | 0.002% |
| その他費用(保管費用等) | 1円 | 0.010% |
| 合計(実質コスト) | 12円 | 0.089% |
※ 総経費率(目論見書参考情報):0.09%(運用管理費用0.08% + その他費用0.01%)
【Step 3】フラットに比較する
数字を整理すると、こうなります。
| 比較項目 | eMAXIS Slim | 楽天・プラス・S&P500 |
|---|---|---|
| 目論見書の信託報酬(表示上) | 0.08140%〜 | 0.077% |
| 現在の実質信託報酬(推計) | 約0.07668% | 0.077% |
| 運用報告書ベースの実質コスト合計 | 0.097% | 0.089% |
| 総経費率(目論見書参考情報) | 0.09591% | 0.09% |
| 純資産総額 | 約9.3兆円 | 約8,748億円 |
| 設定来年数 | 約7年(2018年〜) | 約2年(2023年〜) |
| 信託報酬の構造 | 段階的引き下げ | 固定 |
正直な結論:現時点では、総経費率ベースで楽天がわずかに有利(0.09% vs 0.09591%)。
原記事で「eMAXIS Slimの方が安い」と書いていましたが、最新データに基づいて訂正します。信託報酬の段階割引を加味しても、隠れコスト(その他費用)を含めた総コストでは楽天がわずかに下回っています。
ただし、この差は約0.006ポイント。100万円投資しても年間60円の差です。この差だけでファンドを選ぶ理由にはなりません。

では、どう考えるべきか?
コストの差は誤差レベルですが、構造的な違いは見ておく価値があります。
eMAXIS Slimの「将来性」
Slimは純資産が増えるほど信託報酬が下がる仕組みを持っています。現在9.3兆円の規模が10兆円を超えると、10兆円超の部分に0.07568%が適用されます。さらに楽天が信託報酬を引き下げれば、Slimも「業界最低水準を目指す」というコンセプトに従って追随してきた歴史があります。
長期保有を前提にするなら、将来的にSlimのコストがさらに下がる可能性は十分にあります。
楽天・プラス・S&P500の「シンプルさ」
固定料率0.077%というわかりやすさと、現時点での実績コストの低さは素直に評価できます。純資産が増えても料率は変わりませんが、「楽天・プラスシリーズは業界最低水準を目指す」と明記しており、競合他社が下げれば追随する姿勢を示しています。
運用実績の差は見逃せない
Slimは2018年設定で約7年の運用実績があります。2020年のコロナショックを含め、様々な相場環境での指数追従精度(トラッキング精度)が実証されています。楽天は2023年設定で約2年。運用能力の評価にはまだデータが蓄積されていない部分があります。
まとめ:どのファンドを選ぶべきか
| あなたの状況 | おすすめの考え方 |
|---|---|
| すでにeMAXIS Slimを保有している | 乗り換え不要。総経費率の差は年60円/100万円レベル。将来的なコスト低下の余地もある |
| すでに楽天・プラスを保有している | 現時点では実質コストが低い。このまま保有で問題なし |
| これから始める | どちらでも合理的な選択。差は誤差レベルなので、証券口座との相性や他のサービスとの兼ね合いで決めてよい |
| 細かいコストより長期安定を重視 | Slimの運用実績の長さと規模感は安心材料になる |

最後に強調しておきたいのは、どちらを選んでも「投資しないよりはるかにいい」という事実は変わらないということです。0.006ポイントの差を気にして決断を先延ばしにすることの機会損失の方が、はるかに大きいと考えます。
補足:数値の読み方について
本記事で参照した運用報告書の「1万口当たりの費用明細」は、各ファンドの計算期間が異なります(Slimは4月決算、楽天は7月決算)。また、Slimの第7期は期中に信託報酬率の変更があったため、両者の数値を単純に同一条件での比較とは言い切れません。目論見書記載の総経費率も「参考情報」という位置づけです。より正確な比較は、同一期間・同一条件が揃った次期以降の運用報告書で改めて検証する必要があります。
データの出典
- eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)交付目論見書(2026年1月24日版):三菱UFJアセットマネジメント
- eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)運用報告書 第7期(2025年4月25日):三菱UFJアセットマネジメント
- 楽天・プラス・S&P500インデックス・ファンド 交付目論見書(2026年4月16日版):楽天投信投資顧問
- 楽天・プラス・S&P500インデックス・ファンド 運用報告書 第2期(2025年7月15日):楽天投信投資顧問
※本記事は情報提供を目的としており、特定のファンドへの投資を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任でお願いします。

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